かもしかみち

 日本考古学には、もともと専門家とアマチュアの垣根がない。両者、渾然一体となって協力し合い、研究を進めてきた長い歴史がある。

 故杉原壮介先生のように、東京外語大で語学を修めた後、企業の社長として昼間働き、夜学で考古学を学び、私財を登呂遺跡の発掘に投じ、最後は大学教授として考古学を教えることになった伝説の学者もいる。また、穴沢和光氏のように、医学博士として病院を経営しつつ、該博な知識をもとに、優れた論文・著作を次々に上梓されている方もおられる。

 これまで、日本考古学は、アマチュアの参加にじつに寛容であり、100パーセントといっても大げさでないほど、その門戸を広く開放してきた。

 そもそも、研究者の多くが、少年少女の頃にアマチュア考古学者として出発しているためもあって、日本考古学には、アマチュアリズムを大切にする風土がある。たとえば、昨日亡くなった佐原真先生も、考古少年から研究者への道を歩み始めたことは、たいへん有名な話だ。

 このように、自分たちと、アマチュアとを分け隔てしないという精神風土は、別の見方をすれば、外部からの悪意に対して、極めて無防備で脆弱である、ということを意味する。

 まさにその無防備な部分、考古学のアキレス腱を貫く毒矢となったのが、今回の捏造事件だったと思う。

 日本考古学の原点の一つは、良い意味でのアマチュアリズムだ。できれば、その優しく柔らかい部分を、そのまま無防備に広げておければ、本当はよかったのにと思う。このブログも「研究者向け」などと嫌らしいことを掲げたくはない。

 とはいえ、たった一人でも悪意を持つ者がいて、我々の無防備な部分を攻撃しようと思えば、いとも簡単に目茶目茶にできるということを、今回の事件と、その後のネットワーク上でのやりとりを通して、否が応でも学ばされた。

 そのようなわけで、今回の事件をめぐって、我々考古学研究者が、少々人が悪くなったということに関しては、許容してもらわなければなるまい。この世の中、いつまでも「うぶ」ではいられない、というわけだ。

 ただし、原点を忘れたわけではない。日本考古学はこれまでも、アマチュアリズムを大切にし、専門家も素人も分け隔てなく、一緒になって研究を進めていく(学としての厳しさは忘れずに)ことと思う。ただ、同じ失敗で躓かないよう、その実際の運用をめぐっては、少し慎重に、ということである。

 最後に、古き良き日の世代の研究生活の原点の一つとなっているであろう、アマチュア考古学者の著作を紹介しておく。これを読んでいただければ、日本考古学の原風景を眺めることができると思う。

藤森栄一 『かもしかみち』 葦牙書房 1946初版、1947年再版
※学生社『藤森栄一全集<第1巻>』(1940円)を入手できる。