馬具関連論文(リストと覚え書)

1979年12月時点における馬具研究史

書斎で発掘された卒論の草稿(その1)

 1980年の正月明けに明治大学文学部に提出した卒業論文(正確にいうと原稿用紙に鉛筆で綴ったその草稿)のうち、先行研究を「馬具研究史」としてまとめた部分をそのまま活字にした文である。後に卒論を「いわゆる素環の轡について」と題して『日本古代文化研究』創刊号に掲載した際には、紙幅の関係もあってこの部分を削除した。
 今となれば、当時の馬具研究をとりまく状況を知る上で、面白い手がかりを提供できるかもしれないと思い、恥ずかしながら公開することにした次第である。大学生の卒業論文だということを割り引いて読んでいただきたい。現在、卒業論文の準備をしている学生諸君には、何らかの参考になるかもしれない。
 当時、師匠格だった故小川良祐氏から、「資料を見て回る夏休みに入る前までに、研究史を一度まとめておくと良い」というアドバイスを受けていたので、7月中にはこの草稿のもとになるものができあがっていた。そのため、12月に本格的に卒論執筆に着手したとき、研究史部分は非常に順調に書き進めることができた。当時はまだワードプロセッサは普及していなかったので、こうして手書きでせっせと原稿を書いていたわけである。

いわゆる「素環の轡」について-環状鏡板付轡の型式学的分析と編年

書斎で発掘された卒論の草稿(その2)

 1980年1月に明治大学文学部に提出した卒業論文を幾分修正し(研究史の大半は先述したように削除)、古墳文化研究会刊行の『日本古代文化研究』創刊号(1984年2月)に発表した論文である。
 今回、図表を含めてネット上に公開しようと一通り目をとおしてみて、あまりの解りにくさに我ながら辟易させられた。発表当時、知人から「難しい!」と言われて、「そんなはずはない、論理的に解りやすく書いた!」と思ったものだが、論文構成があまりにも複雑で、理屈のこね方も晦渋、読み解くのに相当な忍耐力を要する。難しいことが書いてあるわけではなく、単に解りにくいのである。面と向かってそんなこと言えないから、「難しい」と言ってくれたのだ。と今頃解った。
 そのようなわけで、基本的に内容は変更していないが、少しでも読みやすいよう、見出しについては改変している。なおOCRで文字起こししたため、誤変換された箇所が残っている可能性があることを予めご了承いただきたい。
 いずれにしても、大学生が、はじめて論文らしい論文を書いた、というレベルの一文であるので、さまざまな不備については、重ねてご容赦いただきたい。なお「書斎で発掘された卒論の草稿(その1)」のシミは、おそらく夜中にワインを飲みながらチェックしていた時に、着いたものではないかと推定される。

Posted by Okayasu Mitsuhiko